2008年4月、百貨店業界の老舗「三越」と「伊勢丹」が経営統合したことはまだ記憶に新しい。これにより、「株式会社三越伊勢丹ホールディングス」という日本一の百貨店グループが誕生した。そして今年10月には『株式会社 三越伊勢丹プロパティ・デザイン』と「株式会社三越環境デザイン」が組織統合し、商業施設の企画・設計・施工・運営管理を総合的にプロデュースする新体制が発足した。
そんな同社のグループビジョンは、「常に上質であたらしいライフスタイルを創造し、お客様の生活の中のさまざまなシーンでお役に立つことを通じて、お客様一人ひとりにとっての生涯にわたるマイデパートメントストアとなり、高収益で成長し続ける世界随一の小売サービス業グループとなる」ということ。その為に、お客様にとって「なくてはならない存在」になるべく、常に新たな顧客価値を創造し続けている同社の三越伊勢丹グループオフィスを訪ね、三越伊勢丹ホールディングス 執行役員 兼 三越伊勢丹プロパティ・デザイン代表取締役社長の山下隆司氏と、三越伊勢丹プロパティ・デザイン取締役 環境創造事業部長 兼 建装部長の手塚鉄治氏へ、働く環境についてお話しを伺った。
なぜオフィス環境に投資したのか
今回の移転に関しての利点として、先に述べた新体制の発足により、グループ内で企画・設計・施工・運営管理に至るまでの全ての工程を賄うことができたという点が挙げられる。同じグループメンバーとして、企業哲学はもちろんのこと、オフィスの使用方法に関しても第三者に委託するより意思の疎通が図りやすいというのが特徴だ。「グループの統合」という大きな目的が発端となり、今回異なる子会社同士のコミュニケーションが活性化するようなオフィス環境作りが行われたその背景とはどのようなものだったのだろうか。
山下氏:2014年4月からのスタートに向けて、同年3月末に「新宿イーストサイドスクエア」へ引っ越しました。4月の段階で4つの事業体全てが一度に統合できたわけではなかったのですが、将来的に同じ空間にオフィスを構えようということで動いていたんですね。そしてようやく今年10月に「三越伊勢丹プロパティ・デザイン」として一つになったわけです。おかげさまで従業員数も増え、同時に執務の量も増えたので、そのタイミングもあり移転をしました。移転前のオフィスは花園神社の後ろにあったのですが、その時は自分たちの百貨店や施設に対してのサービスが主流だったので、比較的お客様とのやりとりを考えなくてもよかったんです。しかし、今後は「今までのノウハウの蓄積を外に出していこう」ということになり、そうなるとお客様がいらっしゃる環境が極めて重要になったんです。元々大田区六郷に建装デザイン会社があって、そこに営業部隊や倉庫もあったのですが、そちらにお客様がいらっしゃるとなると少し遠いのではないかという懸念がありまして。花園神社も立地的には悪くなかったのですが、新宿ならホールディングスも近いですし、お客様もいらして頂きやすいということで、決断しました。
オフィス環境変革後の変化や反響
「三越伊勢丹プロパティ・デザイン」として統合以来、対外的のみならず「仲間たちと向き合う」という姿勢を自社のオフィス環境にも活かしたという。学び合い、磨き合い、新たな価値を創造する姿勢を体現化させたオフィスによって、どのような変化が生まれているのだろうか。
山下氏:先程もお伝えしましたが、六郷という土地はお客様がいらっしゃるには遠いので、銀座にも事務所を設けていたんです。このように、今までは事務所の場所が散っていたので、コミュニケーションがなかなか取りづらいということがありました。ですので、今回執務スペースが同じフロアになったことでコミュニケーションはスムーズに取れるようになったんじゃないかと思います。そして、最も懸念したのはセキュリティー面ですね。お客様コンプライアンスは絶対に守らないといけませんので。少なくともここはセキュリティーがすごくしっかりしていますので、ほぼ100%大丈夫だと言えます。全てIDで管理されていて、カードをかざすとその個人が入れるエリアが分かるんです。入れる場所と入れない場所が、しっかり管理されてるんですよ。
本当はもっと上の階の方が眺めはよかったかなと思いますけど、丸の内などは高層ビルの周りも高層ビルだらけなので、なかなか見渡すことはできません。その点ここだと周りを見渡すことができますし、大きな窓に面しているのでたった半年いるだけでも周囲が変化してるということが、如実に分かるんです。そういう感覚を持つことは、我々の事業の営業を含めて大事なことだと思います。工事している様子も分かるので、極めて僕らがやっている事業にとって高揚感があると感じますね。
シンプルで機能性に優れた箱を活かす
“「買い手」の意志があってこそ販売という行為が成立する”という考えに則って、同社は自社の「売り場」を「買い場」と呼ぶ。通常、百貨店は同社が「お買い場」と呼んでいる、いわゆる“お客様がいらっしゃるエリア”には当然ながら施設投資を惜しまない一方で、社員が働くオフィスにはそこまで大きな投資をすることが難しいという話をよく聞く。そういった意味で、業界首位を走る同社のサービスを創造しているオフィスはどのような環境なのか、その現場の姿について伺った。
山下氏:「お買い場」と比較すると、そういった意味では実際のオフィスはこんなにこざっぱりしてるのか!というのがコンセプトかもしれません。このビルは非常に合理的にできているんです。エレベーターホールとトイレという付加されなければならない機能が箱の外にくっ付いているので、丸々中のスペースを無駄なく使うことができます。非常にシンプルでよくできています。柱もなく、ストーンと中が抜けているので有効的に机を配置することができたんですね。仕切りなどもないので、全体が見渡せて社員の動きがわかる環境になっています。また、全部が白で統一されており、シンプルですね。袖机がない代わりに社員それぞれのロッカーがあって、使うものはそこに入れておくようにしました。それに組織がガラスで仕切られているので、人の気配が感じられるのも面白いですね。
執務スペースの窓側の景色のいいところには、ちょっとしたミーティングスペースを設けています。話し声がうるさくならないように端に設けたことでスペース的にも効率的に使えましたし、窓から素晴らしい景色を見ると高揚感があります。会議室はこの階に12部屋、上にも9部屋設けており、全て予約システムなのですが、一週間前だとほとんど埋まっていますね。チェックイン機能が便利だと社員が話していました。チェックインしないと解除されてしまうので、予約だけして使われないままということがなくなったと聞いています。
また、ここのイーストサイドスクエアは緑化率が36%と非常に緑が多くて、上から見るともう森なんですね。我々のグループスローガンである『向き合って、その先へ。』は地球環境との循環・保持、エネルギーの低減を目指して向き合い、貢献するという意味もありますので、グループとしては条件の一つになったかなと思います。
今後取り組みたいオフィス環境づくり
移転をしてまだ一年にも満たない同社の新しいオフィス環境。2014年10月に4事業部全てが集まり、そこから新体制でのスタートとなった訳だが、同社の今後取り組んでいきたいオフィス環境とはどのようなものなのだろうか。
山下氏:グループの底力を結集させてこういうオフィスを作ったわけですが、もう少し一人一人のプライベートが守られた方がいいのかなと一方で感じることがあります。設計をするチームなんかは、ちょっと集中して設計しようとか、技術的な計算をしようかなと思った時にはきちんと囲われた集中できるスペースがあった方がいいのかなと。今はとてもオープンで、それはそれで機能していて全体のグループとしての方針ができてきたのですが、この先職種によっては多少プライベートを必要とする方も出てくると思うので、そういった方が効率よく仕事ができるスペースやレイアウトはないかな・・・と今から社員の声を吸い上げつつ、今後に向けて考えていきたいと思っています。
Pick Up ここが、“三越伊勢丹プロパティ・デザインらしさ”
■決起会
本格的なスタートを切った今年10月、16Fにある休憩スペースで決起会を行ったのだそう。家具を作っているスタッフ等も全員集合して賑やかな会になったという。普段本社と離れて仕事を行っているスタッフにも、自分たちの本社はこんなことをやっているんだ!と分かってもらえるので、今後も定期的に開催する予定なのだとか。
■資格取得への助成制度
三越伊勢丹プロパティ・デザインでは業務知識の取得と、公的な届出に対応するための資格取得を推奨している。主な資格として建築士、施工管理技士、宅地建物取引主任者、消防設備士などがある。またビジネススキル向上のために三越伊勢丹グループとして行なう講座、通信教育などの制度を利用でき、自己啓発制度も充実している。
Creator’s Eye 三越伊勢丹プロパティ・デザイン取締役 環境創造事業部長 兼 建装部長 手塚鉄治氏
手塚氏:デザイン面で気を遣ったところはエントランスです。お客様もいらっしゃるということを考えて、エントランスは企業として“今から目指していくもの”を表現できるようなデザインにしました。当社はインテリアデザイナーを30名ほど抱えているので、そこで発想したことをホールディングスの許可を取りながらデザインに落とし込んでいきました。
2020年には東京オリンピックもありますし、せっかく東京のオフィスですから東京で何かできないかと思っていたんですね。実は東京都ではスギ花粉の問題があり、多く花粉が出る木を東京都が助成金を出して花粉の出ない杉と植え替えてるんです。それで出た杉材が、あきる野市の製材屋に余っているというので、東京の工場(六郷)に移して、東京で家具を作って、東京のオフィスで使うという、「家具の地産地消」をしようということになりました。同じ都内で行うことで何が良くなるかというと、物流が短くなることで排気ガスの問題が解決したりするという点が挙げられます。当社は環境に優しい会社を目指していることもあるので。その木材が受付のカウンターに用いられています。天板がモミの木、中棚がケヤキの木です。ソファ横のサイドテーブルも東京で育った木材が使われています。エントランスに置いてある家具は全て当社の製品なんですけど、宣伝目的もありますが主な目的としてはお客様をお迎えする、おもてなしをする、という意味合いを特に込めています。上の16階は外商のフロアなのですが、そちらのエントランスはさほど大きくなく、この15、16Fを含めて社員が2千人いるので、それに対するお客様の人数を考えるとこれでも広すぎるということはなく、常にいっぱいという状況です。商談にも使うので、その算出もしながら設計しました。
執務スペースは基本的にフリーアドレスです。広くて誰でもどこでも座れて、包み隠さず見渡せるような、コミュニケーションがとりやすい設計にしました。個人的には少し囲われた方が好きなんですけどね(笑)。コンダクターポジションは僕だけなんですけど、取締役であっても島(机)の一角に席を設けています。
このビルはとにかくフロアが広く、端から端まで180メートルぐらいあるんです。そこで、通路がどうしても長くなるということで、人が歩いていても飽きないようにアクセントで所々に柄物のクロスを貼っています。また、子会社と子会社の間に通路を少し広げてミーティングスペースを設けることで、違う会社同士でも集まれるようにしていますが、そこにも少し花柄を入れています。柄は女性スタッフに選んでもらいました。ビルの周辺も緑が豊富なので、社内インテリアにもグリーンを取り入れたいと思っていましたが、本物はなかなかメンテナンスが大変なのでフェイクグリーンを置いています。
百貨店以外にも、ヒューマンソリューションズ、システム等子会社としていろいろな事業を一緒にすることで、グループとして一緒になってシナジーを生み出していこうよ、ということも含めての移転となった訳ですが、何かあれば部署がすぐ隣なので、便利になりましたね。いろんな業種が一緒になってお客様に対してトータルでご提案ができるようになったというシナジーが実際に生まれてきていると感じます。お客様が、何社も聞いて回らなくても済むようになりました。それぞれの部門が別フロアにあったら、これは成り立っていないですよね。同じフロアだからこそできるサービス環境が一番適切だし、それをこのオフィス環境が提供してくれているなと思います。このビル自体が当社のコンセプトに合った面積と仕様だったと思います。