結婚(ゼクシィ)・進学(リクナビ進学)・自動車(カーセンサー)等のライフイベント領域におけるユーザー・クライアントのマッチングビジネスや、オンライン学習サービスなど、複数の事業を展開している『株式会社リクルートマーケティングパートナーズ』。2012年に株式会社リクルートより分社化して設立された同社は、「cheers!your life. 人生に、拍手があふれる世界を。」というビジョンのもと、「ひとりひとりの人生のライフイベントの積み重ねに寄り添い、人生の“しあわせの総量”が増えている世界を目指す」ということを同社の“ありたい姿”として掲げ、今日まで成長を遂げてきた。また、近年では、社会課題、とりわけ教育における格差の解消を目指して「受験サプリ」を始めとするオンライン学習サービスを生み出すなど、常にその歩みを止めることなく挑戦をし続け、多くの人々の人生に寄り添いながらサービスを提供している。そんな同社は、2014年4月に明確な意図と目的を持ったオフィスを作り上げた。そのこだわりの詰まったオフィス環境全般について、ネットビジネス本部戦略企画グループグループマネジャーの中村駿介氏に伺った。
なぜオフィス環境へ投資したのか
本社を千代田区丸の内のグラントウキョウサウスタワー内(取材時点)に構える同社は、同じ丸の内と、少し離れた京橋の二カ所に首都圏事業拠点を設けている。丸の内の事業拠点は同社が2012年10月に分社をした当初からずっとあるそうだが、今回取材した京橋の事業拠点は2014年4月に竣工したばかり。間もなく一年を迎えるこの京橋のオフィスが出来上がるまでには、一体どのような経緯があったのだろうか。また、オフィス環境に投資をした理由とは。
中村氏:「新しい価値観を持った組織を作るために、その入れ物であるオフィスから全てを創り変える」ということがオフィス環境に投資をした一番大きな理由と言えます。少し背景の話をすると、分社化が決まっていた2012年10月の3か月ほど前に、私から当時の経営ボードの皆さんに「複数の事業を横断してネットのビジネス開発ができる組織を作るべきだ」という提案をさせていただきました。そして、その組織を作るリーダーとして分社化に合わせて私も転籍し、このプロジェクトをスタートさせました。
その後の変遷としては、分社化が行われた2012年10月から半年間は、私を含めて2人の検討プロジェクトでしたが、2013年4月に“横断ネット推進室”という20名くらいの組織が立ち上がりました。半年間はほぼ同規模だったのですが、10月には150名の組織になり、翌年4月には事業本部格で250名の組織にまでなりました。
実は、最初の組織立ち上げの起案から新しい価値観と行動習慣を作るためにオフィスも新設するべきだということを盛り込んでいまして、20名くらいの組織ができたタイミングで一度オフィスを作ろうとしました。東京駅周辺で探し回っていたのですが、当時の候補地には昔マッカーサーがGHQ本部を置いていたという旧第一生命館(DNタワー21)などもあり、石造りのクラシックな建物に最新のネット組織を入れたらかっこいいよねっていう(笑)。そういう案もあったのですが、途中で500名収容できるオフィスを目指すという方向性が出たので、急遽そのプロジェクトを半年くらい閉じ、再度物件から探し始めるということで、2014年の4月の竣工となりました。
このように途中で大きく組織規模が変わりましたが、当初から思っていた「今までとは全く違う組織を創り上げたい」という意図に基づいて、メンバーにどういう行動をとって欲しいのかというメッセージを僕らの“本気度”と合わせて伝えるためにオフィスに投資をしました。そして、その意図をちゃんとアフォード(誘発)できるような物理的な空間というのをプロデュースすることを心がけて具体的な仕様の検討を進めていきました。
オフィス環境変革後の変化や反響
現在同社は、ブライダル事業本部・自動車事業本部・進学事業本部・ネットビジネス本部という4つの事業部構成となっており、今回取材をした京橋のオフィスには、中村氏も在籍するネットビジネス本部のみが入居している形となっている。同社のオフィス環境は、「新しい価値観を持った組織を作るため」という明確な理由を以て作られた訳だが、そのオフィス環境に対して、今まで社内外からはどのような反響があったのだろうか。また、環境を変えたことにより、社員の働き方にどのような変化があったのだろうか。
中村氏:まず社内で言うと、皆喜んでくれているかなとは思います。 “おしゃれ”で“使いやすい”とよく言ってもらえますが、社内の他拠点のメンバーや社外のお客様を自分たちのオフィスにお呼びする時にちょっと誇れるということは重要だと思っています。実は床一つ取ってもかなりこだわっていて、無理を言ってエレベーターホールや7階と8階を繋ぐ階段なども全部指定の床板に変えていただいているんです。そこまでこだわることで「朝エレベーターが開いてこの空間に入るときに元気になれる」という声もいただけています。
また、新しく浸透させたかった価値観の一つに「カスタマーファースト」というものがあります。リクルートは永らくクライアント企業からお金をいただくビジネスモデルでしたが、我々が新しく立ち上げているサービスはカスタマーに直接課金させていただくもので、プロダクトを作る過程においても価値観のレベルから大きく転換する必要がありました。そこで、「本気でカスタマーと向き合ったサービス開発をしていく」というスタンスを示し、それを実現できるオフィス機能として、モニターが9枚並んでいて別室のインタビュールームを複数のカメラで観察しながらプロダクトの検討ができるUXルームを構築しました。これによってメンバーは明らかにカスタマーと会う機会が増えましたし、これまでのように市場調査として企画の人間だけが会うのではなく、エンジニアやデザイナー、プロダクト責任者を含めたチーム全員でカスタマーに触れ、自分たちのプロダクト構想を作りあげていくようになっています。
それと、私はこのオフィスを作るときに、意図的に閉じた会議室を大分減らしたんです。これまではミーティングといえば閉じた会議室で行うものとなっていて、他部署のメンバーの仕事が見えにくく、会議室が取れないためにミーティングが先延ばしになり仕事のスピード感が損なわれていました。そこでオープンな打ち合わせスペースを極大化して、いろんなところに予約無しでパッと会議ができる場所を配置しています。また、オープンスペースの中も椅子の高さを意図的に分けています。一つ一つの座面の高さを変えることで、どんなミーティングにしたいのかに合わせて適切な環境を選べるようにしているので、会議の内容も変わってきているだろうと思います。そして物理的につながった空間に様々な人がいることになるので、ノンバーバルな部分も含めて、コミュニケーション量は確実に増えていると思いますし、実際にそういう声もいただいています。
社外で言うと、コンペに参加いただいたもののパートナーとしてはご一緒できなかった皆さんにも、後日お礼の意味も兼ねてオフィスの完成案内をさせていただきました。その繋がりで別のオフィス企業様や、彼らのクライアントの方から「訪問させてほしい」というお声をいただき、簡単なオフィスツアーをやっています。そういったところで「よくやりきったね」という反応をいただいていたりはします(笑)。あと、エンジニアの採用も積極的に行っているのですが、斡旋会社の方々や候補者の方からもエンジニア組織を作っていきたいという我々の本気度を感じるというポジティブな声をいただきます。加えて、2014年度の日経ニューオフィス賞をいただけたということも大きいです。
独自の視点でパートナーと作り上げた空間
オフィス環境作りにおける最近の傾向としては、社員にアンケートを取ったり、直接社員の声を取り入れたりする動きが増えてきている訳だが、中村氏はあえて社員の意見を集めることはしなかった。そこにもまた、オフィス環境に投資をした理由同様に明確な理由があったという。そして、そのストイックな独自の視点を具現化するために、中村氏は自らのパートナーとして「株式会社ドラフト」を選んだ。数あるデザイン会社の中からドラフトを選んだその理由とは。
中村氏:今回のプロジェクトにおいては、オフィスのコンセプトや仕様詳細まで基本的に意思決定は全て私が行いました。あえて社員の意見を広く集めることをしなかったのは、今回のオフィス投資の目的が現状の延長線上ではない「新しい組織を生み出す」というものだったからです。
あと、これは極めて弊社的な価値観かもしれないのですが、弊社は「個の尊重」というのが経営理念に出てくるくらい、個人の想いと可能性を重要視する組織です。僕もそれが当たり前という環境で育っているので、「今一番オフィスに情熱を持っているのは誰か」と考えたときに、それは間違いなく自分だったので、どこまでも自分で決めて作りきってしまおうと思いました。やってみて改めて思いますが、ある一線を越えたクリエイティブなものは、やはり集団の合議では絶対に生まれないなと思います。
そして、今回パートナーとしてドラフトさんを選ばせていただいた理由としては、コンペで5社くらいの皆様にご協力いただいた中で、一番僕らサイドに立ってお話しいただけていたということに加え、夢もありつつ、ここがギリギリ落としどころなんだっていう“現実解”みたいなところを一緒に探してくれるなという感覚があったからです。数ある提案の中には、「これが本当に実現できたら凄いよね」というのもありましたが、それを実現可能なものに落としていくとパートナーさん側のモチベーションと折り合いがつかなくなるなと感じた会社さんもありました。
結果的にドラフトさんをパートナーに選んで良かったと思ったのは、何より“一緒に楽しんでくれた”という点です。どうしたら閾値を超えたクオリティのオフィスになるのかと考えたときに、モチベーションコアとして私がPJTを引っ張り、一緒に面白いことやろうよっていうデザイナーの方や専門家の方々が、普段出す以上の力を出していただくことだと思ったんです。その点で、「楽しいよね!」とか「ここまで行くならここまでやりましょうよ!」という感覚を共有して構築を進められたことは凄く良かったなと思っています。
実は今でも密にコミュニケーションを取らせていただいていていまして、竣工後も「こういうことがあって困ってるんです…」というような相談をよくしています。ドラフトさんの売り上げになることが少なくて恐縮なのですが…かかり付けのお医者さんみたいな感じで頼りにさせていただいています(笑)。
徹底したこだわりと情熱
今回、このオフィス環境作りの総指揮を執った中村氏。取材をしている中で、随所に対するこだわり様が並大抵のものではないことを感じた。その理由を伺ったところ、「実は子供の頃から建築家になりたかったんです。」という話をしてくれた。幼少期には朝6時に起きてパースを書いたり、学生時代にはデザインの勉強もしていたという。そんな中村氏に、このオフィス環境に詰め込んだこだわりと想いについて伺った。
中村氏:一番最初は“どんな雰囲気の組織にしたいのか”というところから議論が始まりました。他の企業さんと比べてリクルートという会社の強い部分があるとすれば、組織としてこれをやるんだと決めたら、それを緻密に個人のタスクに分解し、個人が自分の成長や自己実現と重ね合わせて「当事者」としてやり切るというマネジメントや組織風土が存在しているということです。結果的に、“組織としてやると決めたことを120%やりきる”というのがリクルートという会社の伝統的な強みだったんですね。それを、“もう少し個人から自由な発想を引き出す”というところに組織の雰囲気を変えていくというのが、一番最初に話していたことなんです。
その雰囲気を言葉にするとしたら、月並みではありますが、「西海岸」となりました。あの緩さやルーズさの中にも人がちゃんとネットワーク化されていて、そのネットワークが価値を持ってバリューを出せる、そういう組織にしたいということで、空間全体の支配的なトーンを「西海岸」に設定しました。
そして、いろんな他社さんのオフィスも研究させていただきまして、いいなと思ったところとそうではなかったところを分けるのはなんだろうと考えた時に、出てきたのは「テーマパーク感」ということでした。そのテーマパーク感はどこから出てくるのかっていうと、僕は“ファブリック”だなって思ったんです。ファブリックの表面の素材に安いものを使ってしまうと、結果的に凄く陳腐な印象を与えてしまうので、このオフィスに関して閾値を超えた投資をすべきなのは家具だと思いました。そこで独自の工房をお持ちの家具屋さんをご紹介いただき、生地を一つ一つ全部選んで、特注で製作していただきました。
あとは、壁の色とかも今までとは違います。オフィスであってオフィスでないような空間を演出したいなというところで、基本的に欧米の家を部分部分再現した形になっています。半分くらいは、僕がそういう家を建てたいっていう私欲から来ているんですが(笑)。そのため、日本の建築ではあまり使われていない、淡くてちょっとくすんだグレーや紫を使ってみたり、グレーを混ぜた青のサンメントを履かせたり、そういった細かい点を一部屋ずつ作りこんでいくという作業をやりました。ドラフト社のデザイナー陣と工事中の部屋に入って、5万色のサンプルの中から一部屋ずつ色を決めていったりもしましたね(笑)。
今後取り組みたいオフィス環境づくり
様々なライフイベント領域にビジネスフィールドを設けて事業展開を行っているリクルートマーケティングパートナーズ。取材の最後に、今後取り組みたいオフィス環境作りについて伺ったところ、「変化を絶やさず、磨き続けること」という答えが返ってきた。時代の変化と共に、今後ライフイベントに対する考え方も多様化することが予想されるが、同社はこれから先時代が変化していったとしてもその変化に柔軟に対応し、常に一人ひとりに寄り添いながら笑顔を生み出すサービスを提供し続けていくだろう。今回の取材は、そう強く思えるような取材となった。
中村氏:まず重視したいのは「オフィスは磨き続けるもの」というスタンスです。ずっと改善し続けていくということ自体が実はここにいる社員の皆さんとのコミュニケーションだと思っています。例えば細かいことで言うと、オフィスの周辺は微妙に食の環境が良くないので、私のメンバー2人に“お弁当事業部”というのを立ち上げてもらいました。その2人になかなか自分では買いに行けないようなお弁当を仕入れてもらい、ちょっとだけ利益を乗せて自分たちで販売するというイベントを週に1回開催していました。それが定着してきてからは、今度は外部の弁当業者さんに委ねるようにして、メンバー2人には新たな別の取り組みをやってもらおうと思っているところです。
あと、とても面白いのは予約がいらないオープン会議スペースの机や椅子の配置が行く度に変わっていることです。それぞれの会議に必要な席数やスタイルによって少しずつ配置が変わっていくのですが、そんな使い方があったのかと思わずびっくりするようなこともあります。その場の活用方法を組織みんなで開発し続けているような感覚があり、まさに磨き続ける、もしくはオフィスを育てていくという言葉がぴったりな現象だと思っています。このように、細かいことも含めて、綺麗なオフィスを作ったきりではなく、オフィスを磨き続けることでメンバーに対してより良い環境を提供しようとしているということやカスタマーファーストなど新たに導入したい価値観をコミュニケーションし続けていくというのが、“オフィス運営”が意味すべきことだと思っています。
2つ目に考えているのは、わざわざ遠くからオフィスに出社することの価値を、もう一段引き上げていかないといけないということです。今弊社では急速に“ワークスタイル変革”が進んでおり、会議効率の改善やリモートによる在宅勤務も増えてきています。特にエンジニアやデザイナーは業務特性もあいまって、人によっては週に1~2回出社すれば事足り、場合によっては1週間来なくても仕事が成立することもあります。そんな状況があるなかで、「わざわざ会社に来る価値って何だろう」というのを今話し始めています。私はオフィスを“チームとして得た知見を集積できる物理的な場所”にするというのが一つの解ではないかと思っています。今ある平机を全で撤去し、オフィスを透明なガラス板で区切り、そこをそれぞれのチームで占有できるスペースにするという構想です。イメージは大学の研究室で、同じ目的(ミッション)を持ったメンバーのたまり場となっていて、各自がいろんな場所で授業を聴講し、また自然と研究室に戻ってきて得た知見をもとに議論して家に帰るといった“大学で何気なくやっていた知的生産活動”をオフィスで再現できればと考えています。そのとき、各チームに与えられている占有スペースの壁には議論の過程がびっしりと書き込まれているはずです。
そして3つ目に考えているのは、もっと外部の方との協働や共創を促すオフィスにできないかということです。例えば、中高生のためのプログラミング授業を展開されているNPO法人のライフイズテックさんに我々のセミナースペースをご利用いただくことがあります。元はライフイズテックさんが活動場所に困っているということでスペースを提供させていただいていたのですが、そういった関係性を結んでいく中で、我々で運営している「受験サプリ」とか「勉強サプリ」っていうオンライン授業の中の一コンテンツにライフイズテックさんがプログラミングを教える授業を開講してくださることになりました。それによって我々のプロダクト自身のバリューも上がっていきますし、ライフイズテックさんの素晴らしい取り組みを広めていくきっかけにもなっていく。オフィスとしてのリアルな空間は、そういう機会のハブになれると思います。こういった機会をこれからますます増やしていけるようにしたいと思っています。
Pick Up “ここが、リクルートマーケティングパートナーズらしさ“
■研修自主起案制度
自分が参加したい研修やカンファレンスを説明し、それに参加することで自分が何を持ち帰ることができるか、ということをマネージャーが参加する会議でプレゼンする機会が与えられている。そして、発表に対してマネージャーから拍手がもらえると、その研修に社費で行くことができるというのが、独自の「研修自主起案制度」である。同社のエンジニアの方々はこの制度を利用して去年一年間だけでも十数名が、自ら希望する世界中のIT系カンファレンスに参加しているという。具体的には、スペインで開かれた「Mobile World Congress」という世界最大の移動体通信系のイベントや、アップルが毎年開催している世界的なイベント「Worldwide Developers Conference」、Googleが毎年開催している開発者向けの一大イベント「Google I/O」など、エンジニアなら誰しもが憧れるイベントに参加するチャンスが提供されている。
■社内の知見共有を促進する独自開発アプリ「R TED」
社内で行われた講演会や各種研修、知見共有イベントの動画をアップロードすることで、アプリを通してスマートフォンでその動画をどこでも閲覧できるという自社開発のサービス。都合が悪くイベントに参加できなかった人も後で見ることができるだけでなく、そこで共有された知見はずっとストックされるため、後から入社した人も見ることができるという利点がある。これは2014年に入社した新人エンジニア2名が構想を含め一ヶ月程で作り、当初はネットビジネス本部組織内だけで使おうと思っていたそうだが、その利便性が瞬く間に社内で噂になり、今では各所で利用が検討されているのだとか。ワーキングマザーなど働くことができる時間に制限があるメンバーへのフレキシブルな学習機会の提供という側面でも利用が検討されている。