オフィスや店舗をはじめ、様々な施設の空間デザインを手掛けているインテリアデザイン会社『株式会社ドラフト』。コンセプトの発案から施工、アフターフォローまでをトータルでプロデュースし、インテリアデザインを通してブランドの価値を高め、魅力ある空間を提供するクリエイティブ・カンパニーとして急成長中の同社。平均年齢28歳という若い集団でありながらもコンペでは8割を超える勝率を誇り、2008年の設立以降着実にその名を広めている。
Wall内でも今まで同社が手掛けたオフィスの企業を数々取材してきたが、その担当者が皆「ドラフトさんにお任せして本当に良かった」と口を揃えて話していたのが非常に印象的だった。自分たちのデザインでより多くの喜びと笑顔を創造し、自分達もハッピーになる。そんな「ALL HAPPY BY DESIGN」という理念を掲げ、常に新しい文化の創造を目指している同社だが、自らのオフィス空間に対しては一体どのようなこだわりを持っているのだろうか。数々の空間づくりを手掛けてきたインテリアデザインのプロである、同社の代表兼クリエイティブディレクターの山下泰樹氏にお話を伺った。
なぜオフィス環境へ投資したのか
設立後、3度目の移転として2013年1月に新宿に移った同社。移転からはすでに2年半が経過しようとしているが、当初は自ら“新しいオフィスの形”を体現すべく今の環境を創り上げたという山下氏。様々な施設の空間デザインを手掛けてきた同社だからこそ周囲からの注目度も高かったはずだが、同社はそんなプレッシャーさえも味方に付け、それまでの経験を最大限に活かし、自分たちにしか作れない誰もが羨むオフィス環境を見事に創り上げた。そんな同社に、環境投資に対する考えと、空間デザインのプロがこだわる空間づくりのポイントについて伺った。
山下氏:僕らは「オフィスをデザインする」という仕事をしていますので、自分たち自身が素敵な良い環境のオフィスにいるということが一番広告効果に繋がると思っています。僕らが作るものが時代をリードして引っ張って行ける形になればいいなと思い、オフィスについては「ちょっと頑張ってみよう」という感じで投資をしましたね。
今回で3度目の移転になりますが、今の場所を選んだのは単純に家賃が安かったからというのが大きかったです。それと、移転を始めるときというのはやはり箱(空間)がとても大事なんです。なので、当時は良い感じの箱を探すために、物件オタクのような感じで物凄い数の100坪前後の物件を調べましたね。そしてたまたま今の場所の平面図を見た時にテラスが付いていたので、そこが面白いのではないかと思い、実際に内見をしてみたら天高も凄くあったので、すぐここに決めたという感じです。物件を探し始めて、2件目でここを見て、「これだ!」と思いましたね。もう決めるときは早いですからね、僕は(笑)。
移転時に毎回こだわる点としては、空間を作った時に“面白くなる”ということが絶対ですね。このスペースは、初めは天高が普通のオフィス物件のように2600くらいの高さまでしかなかったのですが、内見時に天井の中を覗いてみたら体育館の天井のようにドーム型になっていて、凄く空いていたんです。この高さの天高というのは今までなかなかなかったので、結果的にはこの場所を選んで良かったなと思っています。
オフィス環境変革後の変化や反響
今回の移転時には山下氏が指名をした5名によってプロジェクトチームが組まれたという。話を聞いて驚いたのは、完成するまでの間その5人以外の社員には特に意見を求めることもなく、どういうデザインになるのかなどの情報も全て伏せていたということだ。社員は完成した新しいオフィスをその後の公開レセプションパーティーで初めて見たとのことだが、そういったやり方の根底には経験に基づく山下氏ならではの合理的な考え方があった。そうして作られたオフィスに対する社内外の反響とは。
山下氏:今回新しいオフィスを作るにあたり、社員の意見はあえて全く取り入れませんでした。クリエイティブなものや面白いものを作ろうとしたときに、多数決的にいろんな意見を取り入れてしまうと、結局“普通”になっちゃうところがあるんですよね。あまり普通にならないように、面白いものを作るときは必ず少人数が良いんですよ。
プロジェクトチームは、自分の中で「このジャンルならこの人」というような基準で選びました。インテリアの全体的なレイアウトだったらこの人、テキスタイルやファブリックを選ぶならこの人、IT関連はこの人だなという感じで、それぞれの得意なところを活かしてプロジェクトを進めていったという感じです。
社内の変化で言うと、移転前はデザインの部署と営業的な部署とで2フロアに分かれていたんですね。今回は、いい意味で緩く全体を繋げて、腰を掛けて打ち合わせができたり、コミュニケーションを取れるような場所をオフィスのあちこちにたくさん作ったので、そういう意味では凄く社員同士のコミュニケーションが活性化した感じがしますね。それは凄く良かったなと思っています。
また、移転して約2年半が経ちますが、社外からの反響も凄く大きいですね。やっぱりやって良かったなと思います。オフィスをデザインする上での新しいアイディアや工夫がいっぱい詰まっているので、お客様からも「まず一度ドラフトさんを見たい」という話を結構いただきます。そこから、「自分達のオフィスにもこういうのを取り入れてみよう」などという流れになることは非常に多いですね。
あとは、画映りが良いのでドラマやCMなどでいろんなメディアの方に使っていただくことも多いです。実は移転前の渋谷のオフィスのときも雑誌取材のご依頼を受けることはあったのですが、その時のカメラマンの方から「渋谷ではもう撮れないんですか?」と言われたので、「こっちに来たらどうですか?」と話したら今のオフィスをもっと気に入ってくれて。それからはいろんな人づてで広まっていって、今では毎週のようにメディア関係の方にオフィスを利用していただいています。
コンセプトに対する考えとこだわり
新しいオフィスを作る時に施主である企業がまず最初に決めるのが、全体の“コンセプト”ではないだろうか。数々の企業のオフィスデザインを手掛けてきた同社も、このコンセプトについてはクライアントと共有した上で作業を進めることが多いというが、いざ自分たちのオフィスを作るとなったときには軸となるコンセプトは全く定めなかったそうだ。一体それはなぜなのか、この疑問に迫るべく“コンセプト”に対する考え方と、インテリアデザイナーのプロとして自社オフィスに詰め込んだこだわりについて伺った。
山下氏:今回の移転では自分たちのオフィスを“ショールーム”的な位置付けとして実際にお客様に見ていただくことで、弊社のデザインを感じていただきながら、よりクリエイティブな話ができればという思いがありました。コンセプトという話で言うと、対クライアントに対しては事前にしっかりと決めて作業をすることが非常に多いのですが、今回の僕らのこのオフィスに関しては、コンセプトは全く無く作ったというような感じです。インテリアデザインを本業としている会社がインテリアデザインを頑張ってしまうと、「これが一番作りたかったものなんでしょ?」という感じになってしまう気がするんですよね。例えば、ファッションでもジャンルってあるじゃないですか。それを決め過ぎちゃうとそこにしか行けなくなってしまう気がしたので、ある意味、形やジャンルや方向性などもほとんど決めずに作りました。そして、例えばナチュラル系のデザインが得意な会社なんだとか、ちょっとハイエンドな高級感のあるデザインが得意な会社なんだとかではなくて、いろんな人に受け入れられるような、「どこにでも行けますよ」という感じは必要だなと思ったので、あえてスタイルはきちっと決めずにシンプルに作ることを意識しました。
こだわりのポイントとしては、まずデスク周りとそれ以外の部分の高さを変えているんです。平面的な有効活用をするために、デスク周りを少し下げているんですね。ソファー席や6人掛けの席とデスクの距離はかなり近いのですが、高さが38cm変わるだけで空間が全く別物になるんです。この38cmという数字は、実は一般的なソファーの高さとほぼ同じなのですが、この高低差で空間を区切るという工夫をしました。あとは、オフィスを設計する上では大体エントランスやパブリックスペースを区切って、ワークスペースをなるべく見せないようにというのが主流になっているのですが、弊社の場合はエントランスにだけセキュリティーをかけて、それ以外はもう端から端まで全部見せちゃおうという作りになっています。この天高を活かした開放的な空間づくりを心掛けましたね。また、入口から見て一番奥の壁には60インチのモニターを4つ設置しています。毎週月曜日に海外拠点も含めて全社会議を行っているのですが、このモニターはそのミーティングのときに主に使用しています。
家具類については既製品もいくつか入れてはいるのですが、良い感じの布や柄があまり無かったのでオリジナルで作ったものがほとんどですね。デスク周りのパーテーションもオリジナルで柄を微妙に変えているのですが、ソファーの張地のように柄の違いを選ぶようなサービスが実はありそうで無いんですよね。なので、そういうのも自分たちで好きに選んだ方が面白いよねということでオリジナルで作りました。デスクで個人が使用している椅子も海外の輸入生地を入れて作ったのですが、形は同じで張地だけが違う椅子を4種類用意して、それぞれが好きに選んで使っています。また、会議室のテーブルやミーティングエリアのテーブル、執務エリアのデスクも全部自分たちのオリジナルでデザインをして作ったのですが、評判も良く、とても気に行っています。
今後取り組みたいオフィス環境づくり
2008年の設立以来、様々な企業や店舗のデザインを手掛け、今なお急成長を遂げている『株式会社ドラフト』。東京本社に加え大阪にも支社を構える同社は、2013年12月から翌年初めにかけて中国・上海とフィリピン・セブ島のそれぞれに新たな拠点を設立。今後の海外展開に向けた大きな一歩を踏み出し、「挑戦」と「進化」をキーワードに、着実にその歩みを進めている。そんな同社を率いる山下氏に、今後取り組みたいオフィス環境づくりと同社の今後の展望について伺った。
山下氏:これは最近なんとなく思っていることなのですが、僕らは7~8年この仕事をやってきている中で、googleっぽくとかピクサーっぽくとかfacebookっぽく…というような感じのオフィスをかなり作ってきたのですが、これからはもっと“オリジナル”のデザインを作っていきたいなと思っています。「世界があんな働き方をしている」というような刺激を日本から発信できるような、面白いデザインのオフィスを作りたいです。「~っぽく」とかではなくて、その会社のアイデンティティーを表現するようなデザインでありつつ、機能に合わせたデザインをもっと追求できるだろうなと思っているんですよね。
また、弊社では2013年12月にフィリピン、2014年1月には上海にオフィスを設立しましたが、これはまだほんのきっかけにすぎません。今後はもっとグローバルな市場で勝負できる体制を整えて、より国際的な広がりを目指すつもりです。本社についても会社の成長と共に社員が増え、すでに現在では空席もほとんどない状態なので、近々また移転をしなくてはいけないなと思っています。その時には、今よりもっと面白いオフィスを作りたいと思っています。
Pick Up “ここが、ドラフトらしさ“
■企業内起業制度「いでよ!ニュープロジェクト」
2014年頃からスタートしたというこの企業内起業制度。入社年数や所属部署に関係なく、ドラフトの社員であれば誰でも提案することができるというこの制度は、自分の企画のメリットやコスト、かかる人手などを明確にしてプレゼンを行い、「良いね!」と山下氏に承認されれば、会社が資金と人材をバックアップしてくれるというもの。
最近では、PCのブルーライトをカットして目を保護するZoffのPCメガネを社員全員に支給するという「PCメガネ制度」が採用されたとのことだが、過去にはバルコニーでゴーヤを育てるというユニークな企画が採用されたこともあったのだとか。
日頃の業務同様に自分でプロジェクトを起こし、それを最後までやり通すという経験を、簡単なスキームでもいいので社員にもっと積んで欲しいという山下氏の想いが詰まったこの制度。年中募集中ということもあり、現在も様々な企画が社員から挙がってきているようなので、今後の同社の動向同様に先が楽しみな制度である。
■マスト10(テン)
内装業界はかなりの重労働であると言われているが、同社ではハードワークを防ぐために夜10時までには帰らなければいけない「マスト10」という制度を設けている。口で言うだけではなかなか解決しない“残業問題”だが、同社では夜10時にオフィス内の全ての電気を強制的に落とすことで帰宅を促している。やや強引にも思えるこの制度だが、2~3年前からこの制度を取り入れてからというもの、以前と比べ社員の皆さんの疲労困憊な様子は明らかに減り、社内に活気が出たという。
また、9:30~18:30が定時だという同社では、18:00になると終業へ向けた合図として“帰りたくなる音楽”を流し、定時組の社員が帰りやすいような雰囲気づくりも積極的に行っているという。
山下氏は、「建築やインテリアデザインの業界って、夢のある仕事じゃないですか。好きだから携わっている人がたくさんいると思うのですが、その環境に組織が甘えてはいけないと思うんです。もう少し環境が良ければ一生の仕事にできるのにな…って考える人もいると思うんです。だからこそ、うちの会社はそうじゃいけないなと思ったんです。」と語る。そのように語る山下氏も、以前は非常にハードな仕事を経験したことがあるという。自身の経験から生まれたこの制度は、「社員には同じ思いをさせたくない」という山下氏の優しさが詰まった非常に社員想いな制度であり、同社の社員がイキイキと働くために、今やなくてはならない制度になっている。