「クラフトビール」と「デザイン」という一見異色とも思える二つの事業を主軸に事業展開をしている『株式会社ニード』。優れたデザイン力とディレクションスキルを活かした広告事業を始め、クラフトビールを日本でも手軽に楽しんでもらいたいと始めたオンラインでのオリジナルクラフトビールの企画・製造・販売も行う同社は、ウェブ・グラフィック・プロダクト・映像等に留まることなく、デザイン幅は実に多岐に渡る。
また、オフィスが入居するビル内には、同社が運営するクラフトビアバー『Goodbeer Faucets (グッドビアフォーセッツ)』があり、店舗運営も同時に行っている。2007年12月設立以来、二度目となった今回のオフィス移転に際し、同社がこだわった働く環境とはどのようなものだったのか、代表取締役 飯島理氏へインタビューを試みた。
なぜオフィス環境に投資したのか
元々、オフィスよりも先に飲食店(ビアバー)が展開できる場所を探していたという経緯があり、オフィス移転は偶然の産物となったようだ。現在渋谷の松濤にオフィスと店舗を構える同社は、ビールと広告業というやや特殊な業態から、空間作りへのこだわりが浮かび上がってきたように感じる。そんな同社の、働く環境に投資をする理由とは。
飯島氏:元々、弦巻(桜新町)に小さなオフィスがあって、そこで今までやってきたウェブデザインを中心とした広告業のほかに、クラフトビールもやるぞ、とニードを立ち上げたんです。そこに5年ほどいて、お陰様で順調にビールの方の業績が良くなってきたので店舗を出そうかなと思って、渋谷・青山近辺で探していたんです。その中で、うちのビール事業部隊がそこら中を歩き回って、偶然ここを見つけたんです。その時探していた物件の条件が、「外から中の様子が見えて入りやすい所」だったのですが、2Fなので外階段から入れるし、ちょうど条件に合っていたんです。クラフトビールってアメリカだと10%以上のシェアがあるんですけど、ボストンでクラフトビアバーに入った時、小汚いバーなのに地元の女子大生がプロムに着て行くようなドレスを着て飲みに来てたんです。その雰囲気がかっこよかったんですけど、日本にそのまま持ってきたら合わないし、居酒屋ではないし・・・と。いわゆるバーのようなクラシックなものを作っても敷居が高くて入りづらくなってしまうので、「お酒は出すけれどもカフェっぽくして」とデザイナーさんに頼みました。そこの絶妙なところを汲み取って、うまく作ってくれました。カフェといっても僕は純喫茶派なので、10年そのままの意匠でも古くないようなトーンでお願いとも伝えました。イメージ的には海外にあるダイナーのような雰囲気です。それで出来上がった空間がとても良かったんです。そのうち事務所も移動できればいいなと思っていて様子を見ていたら、10か月後ぐらいにちょうど上の階が空いたので、同じデザイナーさんに安心して上のオフィスもお願いすることができました。
オフィス環境変革後の社内外の反応や反響
2012年9月に店舗に続いてオフィスが入居。以前のオフィスも居心地は良かったそうだが、今のオフィスとは全く印象が異なっていたという。移転を機に働く環境が大きく変わったことで、社員の働き方に変化はあったのだろうか。
飯島氏:渋谷はご飯を食べる場所に困らなくていいですね。それと、対外的には、これまでこちらから先方に出向いていたのが、逆にお客様が来たがるようになりましたね。大体ついでにビールを飲むことが目的で、皆さん夕方ぐらいにわざわざミーティングをセッティングしていらっしゃることが多いです(笑)。いらして頂けることはとても嬉しいですね。
それと、以前のオフィスは地下だったので外の明かりが入らなかったんですが、今回の移転で4Fになったことで外の様子も分かるようになりましたし、靴を脱いで上がるようにしたことで何となく落ち着くという声も多く、居心地は良いみたいです。また、ここは建物自体が個性的でデザイン性が高いので、デザインをやっている会社のコンセプトとも合っているし、スタッフも気に入っているようです。本当は、会議室の窓側の作り付けの棚をデスクにしてフリーアドレスのような形で使ってもらおうと思っていたのですが、なかなか使われなくて結局物置になってしまっていますけれど、会議室自体を使用していない時間帯に皆がここに来て作業したりして使ってくれているのは良かったなと思いますね。それから、会議室と執務スペースの間が見えるようになっているので、打合せ以外で使わない時はスクリーンを常に開けたままの状態にできるので、閉塞感がなくてオープンなところが社員に評判ですね。
寛ぎが演出されたオフィス空間
2Fのビアバーの雰囲気が非常に良かったということで、オフィスのデザイン面も全面的に同じデザイナーにお任せしたという同社。企業カラーに理解があり、信頼関係が築かれた間柄では、デザイン面においての進行が非常にスムーズになる傾向がある。デザイナーとの信頼関係によってデザインされた“ニードらしい”オフィスとは。
飯島氏:デザイナーのA-Studyさんとは、元々うちのビール事業部隊のスタッフが仕事をしたことがあったので、いい人がいると紹介してもらって一緒に仕事をすることになったんです。プランは結構好き勝手やっていいよとは伝えました。2Fの店舗をいい感じに仕上げて頂いたので、信頼していましたから。ざっくりとコンセプトを提案して頂いて、ディテールは相談して決めました。ドアの色をどうするとか、イスをどうするかとか。こちらからお願いしたことは、木を使いたいということと、広告がメインで働くので、会社にいる時間がどうしても長くなるため、とにかく居心地を良くして下さい、と。それから寛げるように靴を脱いで上がりたいということと、ミーティングルームを大きめに作りたいということを伝えました。打合せをよくするので、お客様がいらした時に居心地が良いようにと。
エレベーターを降りてすぐのところにリビングのようにソファを置いているのは、2Fの店舗で働いているスタッフの休憩スペースにも使用したかったからです。更衣室も4Fの方にあって、着替えて下(2F)へ行くので、ここでオープン前に休むスペースが必要だということで、シェアスペースとして使っています。最初はお客様の待合スペースにと思っていましたが、誰も座らないんですよ(笑)。家のような雰囲気で、ワークスペースとは分けたいと伝えていたので、スペースの問題もあって出入り口になりましたけれど、結果的に良かったと思っています。
今後取り組みたいオフィス空間づくり
移転して2年程が経過するが、現在の渋谷という場所に関しては非常に満足しているのだそう。事業拡大と共に、やはりオフィスのスペースの問題は必然的に出てくるが、今後の対応と移転の可能性を尋ねた。
飯島氏:やりたかったことはたくさんありますね。実用的な話ですと、トイレを外に出した方がよかったなといつも思うんです。ワークスペースの中にあるので。ただ、このビルは水回りが内側にあったので致し方なかったということもありますけど。このオフィスは居心地は非常にいいのですが、もっと広いところがよかったなと、今になって考えるとそう思います。根本的なところですけどね。
現状としては、せっかくいい感じのカウンターがワークスペースにあるので、もっと有効活用させたいんですよね。お酒を並べてバーみたいにしたいですね。イメージはカウンターで軽く打合せができるようにしたいなと。あと、会議室のドアは開くとエントランスのスペースに繋がってワンフロアにできるんですよ。そこも閉じたままでなかなか使っていないので活かしたいなと思っています。
オフィス移転自体はしませんが、もう人数的に一杯なので対策を考えています。店舗は今色々考え中ですね。昨年福岡にも二号店ができましたが、店舗が増えるとスタッフも増えるのでね。店舗とオフィスを離すのも意味がない気がするし、次の10年を考えないといけないところです。今思いつく理想的な環境としては、ガラス張りの半個室のようなものをたくさん作りたいですね。海外映画の影響ですけど(笑)。廃墟になった醸造所や倉庫をオフィスにするのもかっこいいなと思いますね。
Pick Up “ここが、ニードらしさ”
■ビール一杯無料
福利厚生の一環で、社員はビールを1日一杯だけ無料で飲むことができる。オフィスと店舗が近いからこそできる、ニードならではの福利厚生。時間帯によっては一般のお客様が当然メインになるので、2Fから持ち帰って4Fで飲むこともしばしばあるのだそう。仕事終わりに従業員割引で飲みに行ったりもするのだとか。
■「働き心地」を大切に
広告業という業務上、どうしても厳しい状況になることもあるので、少しでも快適に働けるよう「働き心地」を大切にしているニード。通勤やプライベートの自由が利くフレックスタイム制や、前日の申請でも大丈夫な有休制度などが設けられている。また、スキルアップのための書籍購入やセミナー参加の費用も会社が全額負担している。社員同士の人間関係も大切にしており、休憩スペースではTVゲームで対戦したりと、交流が盛んに行われている。
Creator’s Eye A-Studio/ 設計士 齊藤 良博氏
齋藤氏: 最初のご要望は、既存のオフィスよりも機能的なオフィス空間にしてほしいということでした。具体的には、ミーティングスペースとコミュニケーションのためのスペースの充実と、従業員数の増加・ワークスタイルによって変わるワークスペースの自由度を上げるということです。代表の飯島さんを始め、皆さんとは別のお仕事(クラフトビアバーの「Goodbeer faucets」)で密にコミュニケーションを取っていましたし、既存のオフィスも拝見していたので、会社のカラーは理解していました。ですから、そのカラーに見合った素材感を決定することからスタートしましたね。シンプルでラフな力強い素材感を残しながら、繊細なディテールをもってそれらを使用することで、豊かなアイデアを確かな精度で供給する彼らの仕事への取組みを表現するように努めました。
プランニングで悩んだ点は、建物の平面が変形であることと、実際のワークデスクを並べるエリアと、その他のコミュニケーションスペースの比率のバランス取りでした。ここに関してはかなりのパターンを検証しましたね。また、パソコンやその他周辺機器への電気供給と照明器具を兼ねる天井の造作も細やかな検証が必要でした。
家具の選定ポイントとしては、カラーに合った雰囲気の素材感の考えに合う物をいくつかセレクトし、クライアントと共に決定していくようにしました。入口近くのコミュニケーションスペースに置かれたソファーは前のオフィスで使っていたものをそのまま使うというアイデアも出たのですが、サイズ・形状共にこちらでどうしても導入したかったもので、最終的には採用して頂きました。弊社スタッフに「わがままソファー」と呼ばれているらしいのですが(笑)、結果としてはとても効果的に使用して頂けている場所になったと思っています。
スタッフの皆様が楽しそうに使用していらっしゃる姿をお見かけしているので、それが全てではないかと思っています。「お客様を呼びやすくなった」「スタッフのモチベーションが上がった」とのご意見も頂きましたが、ソファーやバーカウンターを始めとしたコミュニケーションスペースの充実が最も効果的だったのではないかと考えています。